床屋の話 2

床屋の話 2


 

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打ち合わせから半月後、現場が始まった。

 

設備工事を担当するRさんは、一番最初に現場に入る事になる。店舗内のレイアウトを図面通りに寸法出しをして、それに合わせて床のコンクリートにカッターを入れ、割り取りした後に地盤を掘削し、給水、給湯、排水のパイプを埋め込むのだ。

カッター、割り取りは専門業者が施工してくれるので、最初の二日は立会いだけだった。三日目から実際に施工が始まると、Rさんは一人で朝から晩まで現場で作業となる。

一人で作業を始めた日、現場管理者としてH君が顔を出したり、Y君が様子を見に来たほか、電気工事店が1階の天井裏の配線を調べに来た。

 

その翌日のことだ。工事期間が決められているので、Rさんはその日も残業をしていた。

昼間から時折、二階で

 

コツコツコツ……

 

と足音は聞こえたが、気にしても仕方ないので無視する事にしていた。

 

ふと気が付くと二十時を過ぎており、昼間は交通量の多い店舗前の県道もめっきり交通量が減っている。

(随分集中してたみたいだ……って……あれ……?)

 

しゃがんで仕事をしていたRさんは、不意に視線を感じた。

(何だ……?)

 

あたりを見回すが当然誰も居ない。

(気のせいかな?)

 

その時ふと、前日に電気工事屋が開けっ放しにしていた天井点検口の存在が気にかかった。

(まさかな……)

 

Rさんの予感は的中した。恐る恐る天井の点検口を見上げると、そこに初老の男がさかさまになってぶら下がっていた。

打ち合わせの日に二階の部屋で見た男だ。上半身だけぶら下がり、じっとこちらを見ている。

 

Rさんはこれまでに何度かこの世のものではない存在と遭遇することがあり、平たく言えば霊的な存在に慣れていた。だがこの時は、とにかくもの凄く怖いものを見たと思い、ぞっとしたそうだ。

 

Rさんは男と暫く見つめ合っていたが、男は表情も無くスゥーっとそのまま天井裏に消えて行った。

(アレは……やばい……!)

 

慌てたRさんは道具も片付けず、震える手で軍手を外すとその場に放り投げ、戸締りだけして慌てて逃げ帰ったという。

 

翌朝、気乗りはしなかったが

(仕事だから仕方ない……)

と、Rさんは一人で現場に向かった。

 

シャッターを開錠して開け、ガラス戸の鍵を開けて中に入る。天井点検口を見ると、そこにあの男の姿はなかった。

(良かった……)

ほっと息をつくが、周りは昨晩慌てて逃げ帰った状態のままだ。

(さ、……仕事の続きをしよう)

 

Rさんは、昨晩脱ぎ捨てた軍手を手にした時、違和感を覚えた。

(えっ……?)

 

軍手の片方に、五百円玉程度の赤黒いシミが付いているのだ。軍手なので不明瞭だが、汚れ具合から、手の甲側のようだった。思わず自分の手を見るが、昨晩の作業で怪我をした覚えも無く、脱ぎ捨てた現場の床にも赤い物など何もない。

(どう考えてもこんな色が付くわけない……!)

気味悪く思ったRさんは、ゴミを纏めたダンボールにその軍手を投げ込むと、新しい軍手を出して作業を始めた。

 

その日も

 

コツコツコツ……

 

と足音は聞こえていたが、そのほかには特に問題も起きなかった。当初の予定通りに工事が進み、十九時過ぎには現場を後にした。

 

さらに翌日の事だ。Rさんは、昼前に、ある異変に気が付いた。細かい廃材をゴミ箱代わりにしているダンボールに入れようと中を覗くと、昨日投げ込んだ軍手が目に付いた。

「なっ?何だこれ……!?」

思わず口から言葉が出た。

前日は五百円程度だったはずの赤い染みが広がったのか、軍手の片面がほぼ全て赤黒く染まっていたのだ。気持ち悪くなったRさんは、H君に電話をかけた。

「すぐに現場に来い!!来ないと今日は作業を止めて帰る!!」

 

工期が決まっている仕事で、職人からの「今日は帰る」という言葉は一種の脅しにあたる。三十分程度でH君は現場にやってきた。唐突に呼び出されて不機嫌そうにするH君に、Rさんは例の赤黒く染まった軍手を工具で挟んで手渡した。

「おいRさん、怪我したのか?大丈夫か!?」

 

慌てるH君に、Rさんは両手の裏表をかざす様に見せると、事のいきさつを話した。やがて話を聞き終わったH君は暫く悩んでからこう言った。

「あのさぁ……、あそこの端っこの方に、この軍手、埋めちゃわない?」

 

現場で出たゴミは管理者が最後にまとめて処分することになる。H君は片付けるのも嫌だったのだろう。Rさんは配管を通した穴の横に軍手を放り込むと、砕石で埋めたそうだ。

 

その日はRさんが作業している間、H君が現場で立ち会っていた。翌日はH君の義理の弟が現場に来てRさんに付き合っていた。怪異を恐れてRさんが逃げ出すと工期が遅れるのが困るからだろう。

 

その後、大した問題も起きずに1階のRさんの工事は終わり、建物外の配管工事も完了した。だがRさんの仕事が終わったその時、急にY君が追加で工事をしてくれと言い出した。

「二階の洋間、二部屋にVIPルームを作りたい!」

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この申し出で、Rさんはさらに奇妙な体験をすることとなる。

 

 


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カンレン

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