あの九尾の狐にはいくつもの顔があった?(前編)

あの九尾の狐にはいくつもの顔があった?(前編)

こんにちは、九尾の狐の妖怪変化もしている萌子です!

 

ところで皆さまは九尾の狐の別名というと何を思い浮かべますか?

 

大半の人が「玉藻前」と答えるのではないでしょうか。

しかしながら、九尾の狐として国を傾けようとしたのは「玉藻前」だけではないのではないか

と言われています。

そこで今回は「同じ九尾の狐だったのではないか」と言われている人物と

エピソードを紹介していくので、是非読んでみてください!

 

 

その1.玉藻前(たまものまえ)

 

時は平安時代末期。

「藻女(みずくめ)」という少女はその美しさが話題となり、宮中で使えることになります。

そして「玉藻前」という女官になり鳥羽上皇に寵愛されていたとされ、

その美貌と博識さは宮中でも一目置かれていたそうです。

寵愛を一身に受けてはいたのですが、上皇はだんだんと病に伏せるようになります。

病の原因は医者にも判らずにいたのですが、陰陽師・安倍泰成玉藻前の仕業と見抜きました。

 

その後玉藻前は真言により姿を暴かれ、九尾の狐の姿で逃亡し、那須野で成敗されると

毒を放つ石「殺生石(せっしょうせき)」となったのです。

 

その後殺生石は破壊され各地に飛散したと言われていますが、

栃木県那須町にはその内のひとつが現存しています。

 

那須町では御神火祭(ごじんかさい)という祭りが行われて白装束に身を固めた参加者が松明を持ち

那須温泉神社から殺生石(せっしょうせき)まで練り歩く祭りが毎年行われているのを

ご存知でしょうか?

放たれた御神火が燃える中、殺生石の前で郷土芸能の白面金毛九尾狐太鼓も披露されます。

松明行列では一般の方も参加できるようです。

 

 

 

その2.妲己(だっき)

 

玉藻前伝説のはるか昔のお話で、ここから九尾の狐の一国を傾けようという旅が始まったようです。

 

中国古代王朝「殷」。

その殷の最後の王である紂の后、妲己の正体は齢千年を経た九尾の狐であり、

王の妾だった寿羊という娘を食い殺し、その身体を乗っ取って王を惑わせたと言われていました。

 

王と妲己は酒池肉林にふけり無実の人々を処刑するなどし、周の武王率いる軍勢により

捕らえられて処刑されます。

この処刑の際に妲己の妖術によって処刑人が誘惑されてしまい、

首を切ることができなくなってしまいました。

そこで周の軍師・太公望が照魔鏡を取り出して妲己に向けると、九尾の狐の正体を現したそうです。

太公望が宝剣を投げつけると、九尾の体は三つに飛散しどこかへ飛んでいったと言われています。

 

因みに一説では中国の纏足文化は妲己の足が狐の足だったので、小さくて美しいと

紂王が絶賛していたからだという話もありました。

 

 

まとめ

上記2人の傾国の美女が同じ九尾の狐だったのではないかというお話は、

妖怪が好きな方なら知っているかたも少なくないかもしれません。

ですので、後半はあまり知られていない九尾の狐の別の顔についてお話していければなと思います。

 

それにしても国のトップに気に入られるような美貌ってどんな顔だったのか気になりますね!

 

 

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カンレン

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