歌麿の描く尻の魅力

歌麿の描く尻の魅力

喜多川歌麿「UTAMARO」して海外で名を轟かせ美人画の代名詞となっており、

春画では多くの方々がすぐに「歌満くら」を想像するのではないでしょうか。

 

彼の描く春画は、私にとっては「情欲をかき立てる絵」というよりも

「恋人たちの愛おしい瞬間」の切り取りであり、

温かい感情が込み上げてくる「笑ゐ絵」だ。

 

そして歌麿の春画を観る度に、その画力に圧倒されてしまう。

 

 

長い江戸期の中で、最も尻を素晴らしく描く絵師は誰かと質問されれば、

わたしは迷うことなく「喜多川歌麿先生!」と即答する。

 

彼の描く尻は時に丸よりも丸く、時には汗ばむ躍動的な尻や筋肉質な尻を描くのだ。

観ているだけで尻がその人物の感情まで語ってくれる。

 

上の絵は「会本美津埜葉那(えほん みつのはな)」の一図だ。

深川の女郎とその馴染みの客の交わりの場面であり、女郎は客のことを色男と言い

茶臼の体位で取り組もうとしている。

女性の玉門は両脚の間で口をあんぐりと開け、いかにも「早く食べたい」と言っているような

表情をしているのだが、その玉門の左右にある丸い大きな尻は、男のゴツゴツとした身体と

対照的に描かれていて思わず両手でつかみたくなる。(何書いてるんだろう、私)



 

長い江戸期では、豊かな身体が好まれた時期もあれば、細身のスラッとした身体が

好まれた時期もある。

 

しかしときどき「この絵師はこのような女性が好みなのだろうか」と考えてしまうときもある。

 

上の図は「願ひの糸ぐち」の一図である。

余談なのだが、「糸口」には「亀頭の下面」という意味があり

「作蔵の糸口」と聞けばもろに「それ」のことである。

歌麿がこの「願ひの糸ぐち」のタイトルに亀頭の下面の意味も含ませたかは不明である。

 

さて、本題に戻るのだがこの図の詞書を読むと歌麿が

意図しての女性の尻を大きく丸く描いたことがわかる。

背後の紅白梅の屏風にかけられた手拭いからして、ふたりは湯上りの夫婦かもしれない。

詞書は現代訳すると以下のように書かれている。

 

夫「もう、もう好い、と言うような中途半端な気持ち良さではない。

俺は痩せた女性より、あなたのようなどっさりとした尻の大きな女性が好きだ。

もっと腰を上下させてくれ。俺の洒落はだいぶ上手くなったが、あなたの玉門

(女性器のこと)の使い方も上手くさせたい。」


妻「ああ、好い、あ、好い」

 

夫は妻のような尻の大きな女性が好きと言っており、その尻の大きさが分かるように

茶臼の体位で書かれている。

 

現実的に見ると男女ともにかなり無理のある姿勢で交わっているのであるが、

この絵の主役はなのであろう。

春画ではこのように魅せたい部分を優先するために敢えて非現実的な姿勢で描くことはよくある。

歌麿自身もこの表現の非現実性を承知の上で描いており、「こんな姿勢はあり得ないなんて

本気にして言い合いっこしちゃダメだよ」と書き込んでいる春画もある。

なのでみなさんもその絵の現実性なんて気にせず鑑賞してみましょう。

 

 

尻の表現が素晴らしいのは女性の尻に限ったことではない。

男性の尻も、もちろん歌麿は手を抜かない。

この図は「色能知功左(いろのちぐさ)」の一図である。

男女が交わっているところに「まらめしや~ひゅ~ドロドロ~」と怪しく恐ろしい男根が顔を出し、

ふたりを驚かしている。

この絵にはつづきがある。

 

 

なんとあの男根おばけの正体は、この男性である。

どうやらこの男性はこの娘に「ほの字」だったのだが、口説いても振り向いてくれず

腹いせに男根おばけをしかけたようだ。

障子紙から男根を突き出しているためか、ぐっと尻に力が入っているのがよく分かる。

 

この男性の苛立ちさえ尻で表現しているように思えるが、わざわざ全裸になり足をクロスして

キュッと締め上げた尻はなんだか間抜けにも感じてくる。

 

 

こちらも「願ひの糸ぐち」の一図である。

この鏡台に映るつま先の絵は有名である。

今回はつま先の表現ではなくこの男性の尻を見ていきたいと思う。

 

季節は夏であり、湯上りの夫婦であろう。

妻は鏡台の前で髪を結い直していたのだが、妻があまりにも色っぽく美しいので、

夫はついムラムラしてしまったようだ。

 

妻は髪を結うまで待ちなと言うのだが、夫はペロと舌を出し「こんなにマラが大きくなると

いくら自分のマラでも自由にならないのだ」と言っている。

春画は交わりの最中だけでなく、このように交わりに誘う場面ももちろんある。

ちなみに交わりに誘うのは女性からの場合もある。

 

夏の暑い日の湯上りなのであろう。赤いフンドシ一張のぷりんとした夫の尻は、

バキバキにいきり立つ男根とは対照的である。

 

ちなみに夫が舌を出し指に唾液をつけるような仕草をしているが、この表現は春画によく見られる。

江戸期には潤滑剤は葛や昆布などの海藻類で作られていたが、それらを使用するのはもっぱら

肛交を行う陰間や、性経験の浅い女性である。

 

様々な性典物を見る限り、ある程度の性経験を重ねた女性に潤滑剤を使用するといった内容は

読んだことがない。大多数は唾液で済ませていたのかもしれない。

 

 

今回は歌麿の描く尻の魅力に迫ってみたのだが、ご紹介した数々のおしりの素晴らしさは

堪能していただけただろうか。

もちろん他の絵師でも「む!このお尻は素晴らしい!」と思うものは数々ある。

どんな導入であれ、春画に興味を持ち浮世絵を楽しんでくれる人たちが増えたら嬉しい限りだ。

 

 


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カンレン

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