完全なる平和が地球に訪れますように。※閲覧注意

完全なる平和が地球に訪れますように。※閲覧注意

※こちらの記事は衝撃的な写真が含まれます。
しかし、是非このような現実があることを知ってもらえたらと思います。
ワンチャン編集部


みなさんこんにちわ。

今まで旅した国は約100カ国。

旅人 五十嵐 恭雄 です。

前回の記事ではセルビアのスカルタワーについて書きましたが、

反乱のシンボル「スカルタワー」

同じく負の遺産でもあり、

世界遺産にもなっている

「アウシュヴィッツ=ビルケナウ-ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所」

について書いていきます。

ここは人類最大の負の遺産といっても過言でない場所でもあります。

自分が知ったのは中学生時代の社会の授業でした。

それから興味を持つようになり、

関連する映画では何個か見たりしました。

※是非見てほしい映画
「ライフ・イズ・ビューティフル」
「戦場のピアニスト 」
「シンドラーのリスト」

そして映画を見る度に思う事。

人類が過ちを犯した現実、それをしっかり自分の目で見なくては。

ずっと行きたかったし、行かなくてはと思っていた場所でもありました。

アウシュヴィッツの色んな話を聞きたいなと
旅中に出会ったポーランド人に話を聞くと、

国の恥だと言い嫌がる人もいたので、

いきなりそんな話をするのはよくないのかもしれません。

そもそもここで何があったかというのはご存知の人も多いと思いますが、

ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に行った人種差別による絶滅政策、

別名ホロコーストでありました。

ユダヤ人は突然連れて行かれ、

列車に無理矢理乗せられます。

車内は満員電車並みの状況でもありました。

何日かその状態で、

水や食料もまともに与えられず、

アウシュヴィッツまで強制的に輸送されました。

やっと着いたと思いきや、

いきなりガス室に連れ込まれて殺される人。

理不尽な理由で銃殺される人。

強制労働により亡くなっていく人。

劣悪な環境で伝染病で亡くなる人。

さまざまですが

そこは最大級の犠牲者を出した強制収容所でありました。

昨日いた仲間が突然殺されたり

いつ自分が殺されるのかという不安な思いでいっぱいだったのではないでしょうか。

その数は100万人以上とも数百万人とも言われているので、

とんでもない出来事であった事がわかるのではないでしょうか。

収容所は第二次世界大戦中の1940年に作られ、

ARBET MACHT EFREI アルバイト・マハト・フライ(働けば自由になる)

と書かれた収容所跡の門をくぐれば地獄の始まり。

食べ物もろくに与えられるわけでもなく、

寝る場所や寝具もひどい状況。

決して自由になれるということはなく、

永遠と働き続けるという。

写真をよく見ていただけるとこのBの文字が反転していて作られているのが分かると思うのですが、

収容された捕虜の唯一の反抗手段であったともいわれています。

ここは今は博物館になっているのですが、

展示はそうとう悲惨さ感じました。

人間が死んでいるリアルな写真が残っていたり、

大量に切られた髪の毛

衣服や眼鏡、靴であったり

義足が積み上げられて残っていたり。

あまりにも残虐すぎて

訪れてから5年以上経っているのですが、

いまだに消化できないところもあります。

人間は過去の歴史をみても分かるように戦争を必ず繰り返してきました。

しかし昔と違って現代は、

インターネットも普及したおかげで歴史や世界を容易に知ることができ、

学びやすい時代だと思っています。

今までの過ちを繰り返さないように、

これからもたくさんの人にこの現実を知ってもらい、

いつかアウシュヴィッツを訪れて

その現実を自分の目で見てきてほしいなと思います。

今も世界のどこかで戦争は起こっています。

過去の出来事から学ぶ事で、

同じ過ちを繰り返さないように。

いつか完全なる平和が地球に訪れるように。

 


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カンレン

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